絶対と相対とおばぁちゃんの知恵

私たち人間に限らず、動物のほとんどは死ぬまで常に何かを判断しています。
最近はAIがどんどん進化して人間のようにいろんなことを判断できるようになり、人間よりも的確な判断ができるようにもなってきているようですが、だからと言って私たちの代わりに「今ここで息を吸うべきかどうか」を判断してくれるわけではないし、自転車で走っていたら突然目の前に蜘蛛の巣が現れて「この蜘蛛の巣を走りなが避けるべきか、それとも止まるべきか」「今からこのスピードで安全に止まるにはどうすればいいか」を判断してくれるわけではないので、私たちが死ぬまで常に判断をし続けなくちゃいけないことに変わりはありません。
いきなり脱線してしまいましたが、「人間よりも的確な」と書いて思ったのですが、的確かどうかを判断するのは誰なんでしょうね、それが人間だったら、そこに曖昧な部分が出てきてしまいそうで、そもそも「人間が判断する的確」ってなに?と考え出したらキリがないので本題に進みます。

相対的な判断基準を持つことはとっても重要

人間は相対的に判断することができるのがある意味凄いことだと思います。相対的に判断すると言うことは、そこには想像力が欠かせないように思うのです。

おばぁちゃんの知恵(テンプレート化された記憶セット)が私たちをここまで進化させたんじゃないか

なんでかなーと考えてみると、メモリーの容量は当然ながら限界があり、もしも全ての事柄を絶対的価値で判断しようとすると、物事を全部覚えていなくちゃいけなくなります。
私の想像では、大昔のご先祖様は多分絶対的な判断をしていたのだと思います。
それが判断しなくちゃいけないことがどんどん増えて、こりゃ覚えきれないという限界を越えた時がやってきたのでしょう。全ての価値を覚える代わりになる便利な方法を思いついた人(多分おばあちゃん)がいて、わかりやすくそれを子供や孫に教えることで、絶対的数値はわからなくても、例えばこの木の実は赤くなったら食べ頃だとか、そういう判断基準を覚えやすくしていった、そうやってうまく情報を伝達できた集団が比較的優位になって生き残り、その子孫が私たち、伝達された情報の集大成が現代の知識なんだろうと思うわけです。

ここに書いてあることは筆者の個人的な考えであり、科学的な裏付けや根拠はありません。もしも興味を持ったら自分で論文なり書籍なりでちゃんと調べましょう。